3度目の流産 ★ 手術 
繋留流産の手術のために
育良クリニック へ出掛けました。
部屋に通され、手術用の服に着替えて待っていると
会計の人が手術の同意書や麻酔の書類の話に来ました。
「説明は以上ですが、今日はハンコはお持ちですか?」
「事前に聞いてないので持ってきていません。」と話すと
「そうですか・・・では
拇印 でお願いできますか?」と言われました。
「
拇印 ですか?」
「拇印なんて無神経ではないですか?そんな大事なこと何故事前に伝えてくれないんですか?こっちはやっと出来た子どもをこれから手術するんですよ。無神経すぎますよ。」
と今まで上の娘の悲しみのケアで自分自身の悲しみを出していなかった感情が溢れ出てきました。
小さくても一つの命。その命が今日本当にお腹から出て行ってしまうのです。
そんな大切なことなのに
拇印 なんて・・・
号泣してしまいました。
側にいた会計の方は
「ごめんなさい●●さん。ごめんなさい」とその方も涙を流し謝罪していました。
そんなとりみだした私の様子を察知したのか、院長が現れ、
手術の順番を後回しして様子を見ることを支持されていました。
少し落ち着いた頃にその会計の方に
「あなたが悪いわけではないですが、今後こんな思いやりのないやり方はないように気をつけて下さいね。」
と話すと その会計の方も涙を浮かべ
「本当に申し分けありませんでした。」と再度謝罪してくれました。
そして、私はその書類に 拇印したのです。
手術前にもう一度、エコーの写真を撮ってもらいました。
院長は「こういう写真は本当は持ってない方が良いんだけどね。」
それからは、あまり憶えていません。
ただ、全身麻酔のせいか、かなりのトランス状態で
色んな夢を見ました。
手術後、うっすらと目覚めた頃に隣の部屋の患者さんを起こしている声は聞こえました。
私は自分で目覚めたことをナースコールで伝え、
「もうしばらく横になって下さい。」と担当の看護士さんに
血圧など測ってもらい、再度目をつぶりました。
しばらくして、病室の窓側を通る電車の音で起き、
その音が耳障りになってきて、タクシーで帰って自宅で寝ようと思いました。ナースコールを鳴らすと
「どうしました?」
「もうそろそろ帰ろうと思うのですが?」と私。
「じゃあ、着替えて会計すまして帰って下さい。」との返事。
あの感じが悪い眼鏡をかけた看護士の声だとすぐ分かりました。
手術を終えた、それも繋留流産の患者に掛ける声でしょうか?
様子も見に来てくれなくて、帰すって凄くないですか?
こんな病院だったっけ?と悲しくなりました。
上の娘をここで産んだ時は、育良クリニックは出来て3年目。
院長も院長の奥様も助産婦さんも本当に暖かい方ばかりで
他の人にも快く紹介していたのですが・・・・
病院も大きくなると、こんなに変わるものなのですね。
残念です。
もし、仮に第2子ができても、もう
育良クリニック には来ないだろうなと悲しく残念に思いタクシーに乗り込みました。
病院名を出しましたが、その病院のとらえ方は人さまざまとは思います。
ただ、色んな情報の一つとして受け止めてもらえればと思います。
そして、高齢の方は小児科が連結している総合病院をお薦めします。
20代の元気な妊婦さんとは、やはり違うと思うのです。
ママ自体も妊娠中毒症になり易いし、赤ちゃんも多少のトラブルが起き易いと思います。
これは、私の体験から言えることです。
是非、参考にして下さい。

参加しています。良かったらお願いします。

